東京地方裁判所 昭和63年(ワ)12155号 判決 1989年7月28日
原告 渋沢製材株式会社
右代表者代表取締役 渋沢哲雄
右訴訟代理人弁護士 堀越靖司
被告 株式会社カンナゴルフクラブ
右代表者代表取締役 平林清光
右訴訟代理人弁護士 野島潤一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一申立
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金二九四〇万円及びこれに対する昭和六三年九月一七日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二主張
一 請求原因
1 原告は、肩書住居地で不動産取引業を営んでいるものである。
2(一) 原告は、昭和六二年九月ころ、被告との間で、被告を買主とし、訴外三東興業株式会社(以下「三東興業」という。)を売主とする群馬県藤岡市岡之郷字内河原一四八二番一宅地七〇五平方メートル外八筆の土地(以下「本件土地」という。)の売買の仲介をする旨約した。原告は、右仲介に当たっては、被告及び三東興業のそれぞれとの間で、仲介報酬をそれぞれ売買代金の三パーセントとする旨約した。
(二) そして原告は、被告及び三東興業の間に立って斡旋に努力した結果、両者間で昭和六二年一一月二八日、本件土地売買の約定書(以下「本件約定書」という。)が取り交わされるに至った。その約定書の趣旨は、①本件土地の売買については国土利用計画法の適用があるため、予め同法に基づく申請手続き及び地元藤岡市及び土地開発指導要綱に基づく申請手続きを行うこと、②売買代金は総額四億九〇〇〇万円とし、昭和六三年四月三〇日までに関係地方公共団体の許可が得られたときは、同日までに売買契約書を作成して売買を実行する、③右期日までに関係地方公共団体の許可が得られなかったときはこの契約は失効する、但し売買代金が高すぎるために関係官庁から勧告を受けたときは、売主買主双方で改めて協議する、というものであった。
(三) また、原告は、関係地方公共団体に対する申請手続きに協力し、昭和六三年四月藤岡市及び新町から本件土地のうちそれぞれ藤岡市内、新町内にある土地についての国土利用計画法二三条一項に基づく勧告をしない旨の通知を受けた。そして、同月二八日群馬県知事から、国土利用計画法の許可が得られた。
3(一) このように、本件約定書により、被告と三東興業との間には本件土地の売買に必要な全ての事柄についての合意が成立しており、結局、これによって、被告と三東興業との間には、昭和六三年四月三〇日までに国土利用計画法による許可が得られることを停止条件とする売買契約が成立したものというべきである。即ち、本件約定書四条には、「許可が得られたときは速やかに売買契約を締結し」とあるが、これは国土利用計画法一四条一項に規制区域内に所在する土地について所有権を移転する契約を締結しようとする場合には、都道府県知事の許可を受けなければならない旨規定されているから、当該許可の後で売買契約を締結するという形式を踏襲したまでであって、売買契約の内容及び許可が得られた場合に生ずるべき双方の義務等、停止条件が成就したときに生ずべき法律効果は既にこの約定書に定められているからである。このように前記約定書の成立により、あとは当局の許可を待つだけの状態になったので、仲介者である原告の仲介行為の履行は完了し、完全にその仲介の役目を果たしたものであるから、原告は被告及び三東興業に対して、約定の仲介報酬を請求する権利がある。
(二) 仮にそうでないとしても、被告と三東興業との間で本件約定書を取り交わしたことによって、少なくとも前記期限までに国土利用計画法による許可が得られることを停止条件とし、売主買主双方とも予約完結義務を負う売買の予約があったものということができる。このように前記約定書の成立により、あとは当局の許可を待つだけの状態になったので、仲介者である原告の仲介行為の履行は完了し、完全にその仲介の役目を果たしたものであるから、原告は被告及び三東興業に対して、約定の仲介報酬を請求する権利がある。
(三) 仮にそうでないとしても、前記関係地方公共団体の許可により、双方が売買契約書に調印して契約を履行することができる状態になったのであるから、許可を停止条件とする売買契約の停止条件が成就したものとして、遅くもこのときに仲介が成功してその目的を達したものである。
(四) 仮にそうでないとしても、被告は、前記国土利用計画法の許可が得られたのに、その後本件約定書に定められた義務を履行せず、よって右約定書はその効力を失った。しかして、被告と三東興業との間では手付けの交付に相当するような金三〇〇〇万円という高額の預託金が交付されているなど、当事者間の売買の合意が完全なものであるという確かな証拠があるのであるから、被告が自ら予約完結義務を怠ったことにより売買契約不成立の主張をするのであれば、民法一三〇条を類推適用して、原告は被告が売買の予約を完結したものと見做して仲介報酬を請求する権利を有するものである。
(五) 仮に売買予約が完結していないとしても、被告が故意に予約完結義務に違背して予約を完結しなかったものであるから、原告は被告に対し、信義則上の義務違反による不法行為責任を追及する権利があり、原告は被告のこの不法行為により報酬請求権を侵害されたので、約定報酬額相当の損害賠償を請求する権利があるものというべきである。
(六) 仮にそうでないとしても、被告は自ら予約完結義務に違背し、これによって原告の報酬請求権が生じなかったことになるが、その場合には、被告は法律上の原因無くして報酬支払義務を免れ、原告は報酬相当額の損害を受けたことになるから、被告は、民法七〇三条により原告に対して報酬相当額の不当利得金を返還すべきである。
4(一) 被告と三東興業との間に原告の仲介により、本件土地売買の約定が成立し、約定記載の条件が成立したことは前記のとおりである。
しかして、被告は約定による義務に違反して、昭和六三年四月三〇日までに約定に定めた事項を行わなかったため、約定書八条二項により右約定は失効したところ、右約定によれば、その失効のときには、被告は三東興業に対して一切の負担をさせないものと定められている。これは三東興業が本件土地売買に余り気乗りしていなかったのを被告があえて懇願して交渉を行った結果定められた規定であって、この売買交渉により三東興業に生ずる一切の損害金は被告が負担するとの約定であり、これは立会人として本件約定書に調印した原告をも拘束するものであるから、原告は、三東興業に対しては前記停止条件付き売買契約の仲介をし、かつその停止条件が成就したことによる報酬を請求することができず、その代わりこれを負担することを約した被告に請求すべきことになるので、三東興業が原告に対して支払うはずであった報酬金を支払うべき義務がある。
(二) 仮に前記約定書による契約が、停止条件付き予約契約であったとしても、原告の仲介により、高額の預託金を預託して明確に売買の意思表示をするに至ったものであるから、原告の仲介はその目的を達したものと見做され、この場合にも原告は三東興業に対して報酬請求権を有するはずであるが、前記のように被告が三東興業が負担するべき損害を自ら負担することによって、被告には損害を与えない旨の約定があるので、被告は、三東興業が原告に対して支払うはずであった報酬金を、原告に支払うべき義務がある。
(三) 仮にそうでないとしても、被告は故意に予約完結義務に違背して予約を完結しなかったものであるから、被告は、原告に対し、信義則上の義務違反による不法行為責任を免れず、これによって原告の被った三東興業の支払うべき報酬額相当の損害を賠償すべき責任がある。
5 よって、原告は被告に対し、仲介報酬、損害賠償又は不当利得に基づき、金二九四〇万円及びこれに対する昭和六三年九月一七日(訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は不知。
2 同2(一)の事実は否認する。
同2(二)の事実のうち、被告及び三東興業との間で昭和六二年一一月二八日本件約定書が取り交わされたことは認め、その余は否認する。
同2(三)の事実のうち、昭和六三年四月二八日群馬県知事から、国土利用計画法の許可が得られたことは否認し、その余は不知。
3 同3の事実のうち、被告が三東興業に対し三〇〇〇万円を預託したことは認め、その余は否認する。
4 同4(一)の事実のうち原告が立会人として本件約定書に調印したことは認め、その余は否認する。
同4(二)ないし(五)の事実は否認する。
5 同5は争う。
三 抗弁
被告は、昭和六三年四月三〇日、三東興業との間で、原告の同席のもとに本件約定書に基づく合意を合意解約した。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は否認する。
第三証拠《省略》
理由
《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
一 原告は、不動産取引を業とするものであるが、かねてより三東興業から本件土地の買手を探すことを依頼されていたところ、たまたま付近の河川敷をゴルフ場用地として買収していた被告と知り合うようになり、昭和六二年八月ころ、被告に本件土地をそのクラブハウス用地として購入することを持ちかけたところ、被告側でも乗り気な姿勢を示した。そこで、原告は、結局三東興業及び被告の双方から本件土地売買の斡旋、交渉を依頼されることとなり、その売買価格の折衝等を行い、当事者間で、売買予定価格を四億九〇〇〇万円とする旨の合意に達した。
二 ところで、本件土地の売買には国土利用計画法が適用されるので、その売買契約等の締結に先立ち、地元地方公共団体との事前折衝及び群馬県知事に対する土地に関する権利の移転等の届出が必要であり、同法上その届出後六週間経過するか、不勧告の通知等があるまでは、その売買契約はもとよりその予約契約を締結することも禁じられていることから(同法二三条一項、三項、その違反に対する罰則として、同法四八条)、不動産取引業者である原告はこの点を考慮し、同法に抵触することのないように手続きを進めることとし、右手続きが完了したときには、当事者間で売買契約を締結するものとして、原告が立会人となり、昭和六二年一一月二八日、被告と三東興業との間で、同法に抵触することのない合意を内容とするものとして、次のような内容の本件約定書を交わし、被告は三〇〇〇万円の預託金を三東興業に預託するために被告名義で群馬銀行に預金したが、その預金証書は原告が預かることとなった(被告と三東興業が本件約定書を交わしたことは当事者間に争いがない。)。
1 被告は、本件土地をその計画するゴルフクラブハウス建設用地等に利用するため、国土利用計画法に基づく申請手続き及び藤岡市等土地開発事業指導要綱に基づく申請手続きをし、三東興業はこれに協力する。その申請手続きにおける本件土地の売買価格を四億九〇〇〇万円とする。なお、国土利用計画法の手続き上の売買金額がこれに満たないときは、被告と三東興業とで協議をする。
2 三東興業と被告は、右諸手続きについて許可が得られたときは速やかに土地売買契約を締結し、かつ契約上の義務を完全に履行するものとする。
3 被告は、この約定成立と同時に三東興業に対しその証として三〇〇〇万円を預託し、三東興業はこれを被告名義の口座で群馬銀行新町支店に預け入れる。前記申請が不許可となったときには三東興業は被告にこれを返還し、許可となったときには、右預託金は三東興業と被告との間に締結する本件土地に関する土地売買契約の手付金に振替充当する。
4 この契約の有効期間を昭和六三年四月三〇日までとし、それまでにこの約定書に定める事項を完遂するものとするが、右有効期間を徒過したときは、この約定が失効し、この約定に定める事項の履行を求めることができない。三東興業は、この場合には前記預託金を被告に返還する。
5 前記申請が不許可となり、またはこの約定が失劾したときは、被告は三東興業に対して損害金等の請求はできない。
三 そして、被告は、関係地方公共団体に対し折衝を行い、また、昭和六三年四月六日藤岡市長等を経由して群馬県知事に対し、国土利用計画法二三条一項に基づき、土地売買等の届出を行った。そして、藤岡市長は、昭和六三年四月一四日、被告に対し、藤岡市土地開発事業指導要綱に基づく計画協議書にかかる結果について、被告申請の本件土地開発事業計画は特に支障がないものと認め、協議を終了するとの通知をし、また群馬県知事は、同月二八日、被告に対し、国土利用計画法二三条一項に基づく本件土地に関する権利の移転等の届出については、同法二四条一項の規定に基づく勧告をしないこととした旨の通知をした。ところが、被告は、本件約定書で期限とされた同月三〇日になっても、本件土地買収に当たっての最終的決裁が下りないため、三東興業に対し、契約締結を暫く待ってほしいと頼んだが、三東興業がこれを拒絶したため、原告の方で予め用意しておいた契約条件等を定めた本件土地の売買契約書の作成には至らなかった。
以上の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、原告は、本件土地の所有者である三東興業のみならず、その買主である被告からも本件土地売買の仲介を依頼されたものというべきである。
そして、原告は、本件約定書により、三東興業と被告との間に停止条件付きで本件土地の売買契約が成立した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、かえって前記認定事実によれば、本件約定書上、約定当事者間において、国土利用計画法所定の手続きが完了したときには、改めて本件土地の売買契約を締結するものと定められており、現に仲介者である原告は、手続き完了後に作成すべき契約書の原案を別途用意していたのである。
次に原告は、本件約定書により、三東興業と被告とのあいだに本件土地の売買予約が成立した旨主張し、《証拠省略》中には、これに沿うような部分があるところ、前記認定の本件約定書の内容、特に本件土地の売買価格が合意されていること、後に手付金に振り替えられることが予定されている預託金が差し入れられていること、国土利用計画法に定める手続きが完了したときには速やかに本件土地の売買契約を締結するとしていることなどからすると、本件約定書の成立によって、当事者間に売買の予約が成立したのではないかとも見えなくはない。
しかしながら、本件約定書にはなるほど、本件土地の利用目的、売買予定価格、将来手付金に振り替えられる預託金についての定め及び約定書の有効期限の定めがあるとはいえ、売買代金の支払時期及び方法並びに所有権移転登記や土地の引渡の期限等に関する定めがないばかりか、国土利用計画法の手続き完了後に行使をしまたは行使される予約完結権に関する定めは全く存在せず、単にその手続き完了後に売買契約をするとしか定められていない。これらのことからすると、本件約定書は、右手続き完了後に改めて当事者間で本件約定書に定めた事項を前提に本件土地の売買契約を締結することを予定したうえ、その契約締結の履行期限を明確に限定したにすぎないものではないかと考えられ、原告代表者が、有効期限とされた昭和六三年四月三〇日に売買契約書を用意していた事実はこの点を裏付けるものと思われる。翻って、前記認定事実によれば、原告は、本件土地の売買に当たっては国土利用計画法の適用があるため、同法所定の県知事に対する届出の手続きに着手する以前には、その売買契約はもとより売買予約を締結することもできないことを充分承知していたので、その手続きが完了したのちに当事者間で売買契約を締結することとし、ただ将来締結する契約内容の一部に相当する事項に関して本件約定書を交わしたものであるが、それが国土利用計画法に抵触する内容のものではないと理解していたというのであり、本件約定書が交わされるに至った経緯に鑑みると、原告のみならず、約定の当事者である三東興業及び被告も同様の理解であったものと推認するのが相当である。そうしてみると、国土利用計画法の定める手続きの完了前に交わされた本件約定書は、同法の禁ずる本件土地の売買またはその予約といった合意を含まないものというほかなく、売買代金や手付金についても、手続き完了後に改めて当事者間で締結する売買契約の内容の見込みについて合意したというほどのものでしかないのである。以上のとおり、本件約定書はその内容それ自体からも、またその作成の経緯から見ても、そこに定められた合意内容での売買契約を完成させる予約完結権を当事者が保有し、あるいはそのような予約完結義務を当事者が負担するといった拘束力のある合意を包含するものではないというべきである。それゆえ、結局原告の主張に沿う前記証拠は採用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
従って、三東興業と被告との間に本件土地の売買契約またはその予約が成立したことを前提とする原告の主張は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないことが明らかである。
また、原告の主張の中には、三東興業と被告との間に売買契約またはその予約が成立したことを必らずしも前提としない不法行為及び不当利得の主張が含まれるようにも解せられるが、前記認定事実から明らかなように、被告は、三東興業に対する関係で、売買契約を締結すべき義務を負っていたものではなく、原告に対する関係で特に異別に解すべき事情も窺えないから、被告が本件土地の売買契約を締結するかどうかは挙げてその自由な選択に委ねられているところであって、特に被告が殊更に原告の報酬請求権の発生を妨害しようとして画策したような事情があれば格別、そのような事情の窺われない本件においては、被告の契約不締結の所為が原告に対する関係で違法性を帯びるものとは考えられない。また、結局本件土地の売買契約が締結されず、原告の仲介が不奏行に終わった以上、原告の報酬請求権が発生しないのはその仲介契約上当然のことであって、被告がこれを免れたことに不当な点はない。従って、原告の右主張も理由がない。
よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤陽一)